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野球留学  …それぞれのキモチ

 ある冬の日、某人気球団にドラフトされ、入団が決まった選手と会談する機会があった。彼は大学経由の社会人野球選手で、出身高校は甲子園に何度も出場している名門校である。彼も二年生の時に、背番号16ながら甲子園の土を踏んでいる。その出身校というのが、『外人部隊』と揶揄される事もある、いわゆる野球留学生を受け入れる学校で、実際、彼が甲子園に出場した時もベンチ入りメンバーの大半が他府県からの選手であった。
彼自身は地元の出身であったが、地元の方々からの、その高校に向けられる眼差しは冷ややかであり、甲子園出場の際にも、熱心な応援をしてもらえる事はなかったという。「他府県から来た選手は、野球に対しての取り組み方が半端ではなく、その影響を受けて自分達もレベルアップできた。自分達の高校が強くなる事で、他校もウチを倒そうと頑張り、県全体の野球のレベルも上がったはず。この土地に移り住んで野球に打ち込む選手を、どうして応援してもらえないのか…?」彼は、高校時代、いつもこのように考えていたという。

野球留学が世間に知られるようになったのは、昭和50年代。
それまでも、他府県より強豪校に入学し、野球の腕を磨く事はなされていたが、それほど多くの人数ではなく、また1チーム内を県外出身者が大半を占めるという事もなかったので、世間も騒いではいなかった。
 

一般的に注目を集めるようになったのは、鳥取県の倉吉北高校が1981年の春の選抜大会で快進撃を見せた時からであろう。同校は、大阪、兵庫といった、いわゆる野球王国といわれる地より選手を受け入れ、それまで弱小とも目されていた鳥取県勢を、全国ベスト4に押し上げた。ただ、当時は『野球留学』のみならず、『剃り込み』、『眉毛剃り』も批判の対象となり、同年の夏の大会では、地区予選の段階で不祥事による出場辞退という残念な形で甲子園の道を絶たれている。 

その後、山形県の東海大山形、島根県の江の川、香川の尽誠学園などが県外出身者を受け入れ、甲子園の土を踏んでいる。近年では、青森県の青森山田、光星学院、高知県の明徳義塾、大分県の柳ヶ浦、宮城県の東北、山形県の酒田南なども野球留学生を積極的に迎え入れ、強豪校として名を馳せている。

野球留学が取り沙汰されるようになって30年余りの間に、その事情も多様化している。激戦区と呼ばれる地区から、参加校の少ない地区に移り、甲子園をより近いものとするため。もしくは、選手層の厚い地区から、自分のより多くの活躍の場を求めるため。そして、子供の頃に甲子園を見て憧れた高校のユニホームを着てプレーしたいため。最初の頃は、そのような理由による野球留学が殆どであったと思われる。

しかしながら、近年では、それとは違う事情も含まれてきている。
まず、中学球界で一線級と呼ばれる選手の県外流出が増えているという事実がある。以前ならば、中学時代に二番手、三番手に甘んじていた選手が巻き返しを図って地方に旅立つ事が多かったが、現在は、引く手あまたで地元の強豪校に入学していた一流選手が地方を選択するケースが増えている。もちろん、第一の目標が『甲子園』ではあろうが、他の理由として「レベルの高い野球がやりたい」という理由がある。「実績のある指導者のもとで野球をしたい」、「将来、指導者になりたいから、きちんとしたものを学びたい」、
「環境や施設が整っているから」、 「多くのプロ野球選手を輩出しているから」、「卒業後の進路に太いパイプを持っているから」、なども理由となっている。
公にはされないが、受け入れ先である学校側の『特待生』という入学時の付帯条件も、これに絡んでくる。例えば、『学費免除』、『寮費免除』、『帰省時の交通費支給』、『系列大学への進学』、など。
 

また、少子化の波による、極めて厳しい学校経営の現実からくる、必要に迫られた野球部強化も理由のひとつとなっている。野球部員を多数受け入れる事により、一定の生徒数を確保でき、また学内のクラブ活動の活性化にもつながる事を目論むのである。甲子園出場で学校のブランドを上げ、偏差値を上げ、進学校の仲間入りを果たした高校も数多く存在する。野球部を、その学校の『売り』のひとつにし、広告塔とする事による生徒確保のための手段として用いる場合もある。現実に、経営破綻寸前の高校が、甲子園出場の翌年に入学希望者が増え、廃校を免れたという話も聞く。単に『野球留学』といっても、そこには複雑かつ難解な事情が入り混じっている。

「今は全国から選手を集めるような風潮もある。やはり高校野球の原点に立ち返れば(選手は)生まれ育った郷土で、その土地の高校の代表として出場する事で地元の皆様方が心を合わせて応援できる訳であります。この大会が国民大会として一層発展するよう、高校野球関係者の前向きな検討を是非、お願い申し上げます。」2005年の夏の甲子園、第87回全国高等学校野球選手権大会の開会式で中山成彬前文部大臣の挨拶である。出場している選手達の中には県外から野球留学した者も多数いる。人並みならぬ努力や苦労をして掴み取り、晴れの舞台に立った選手達に対し、配慮に欠けた発言であると言わざるを得ない…。 

高校野球連盟は近年巻き起こっている野球留学の問題に対処すべく、『野球留学検討委員会』を数回にわたり開催している。その中で、第88回大会地方予選より、選手は出身中学名を選手資格証明書に記入する事を義務つけられる事が決定された。1チーム内に県外出身者の人数制限を設けるべき」との意見も挙がっているという。
そのような事をして、一体何の意味があるというのか…?
毎年入部してくる選手に県外出身者の人数枠の規制をかけようというのか!?
それとも、プロ野球の外国人選手枠のように、複数の県外出身者にその決められた人数枠を争えとでもいうのか!?
県内出身者と県外出身者は、ベンチ入りの資格すら違うというのか!?
これは、差別と捉えられても言い逃れはできまい。

また高野連は、実態調査資料として過去10年間の甲子園出場校の県外選手の数を公表し、流出選手の約半数は大阪府出身、受け入れ人数の最も多いのは高知県である事を発表した。それが、どうしたというのか…。
県外出身者の多い県は、郷土愛の対象にはならないとでも言いたいのか!?
それとも、県内出身者の野球レベルが低い証明だとでも言いたいのか!?
これも、差別と捉えられても言い逃れはできまい。
 

野球留学をした選手の中には、理想と現実の狭間に耐え切れず高校を中途退学する者も増えていると聞く。良いところばかりに踊らされるだけでなく、このような側面にも目を向けるべきではあろう。 

しかし…。
生まれ育った土地で、自宅から通える高校で野球をするという事は理想の形の一つであって、それがすべてではない。
15歳の少年が、青雲の志を持ち、親元を離れて野球に打ち込む事は、なんら非難されるべき事ではない。少年時代からの夢である甲子園出場を実現するために、より近い環境を求める事は、後ろ指さされる事ではない。多くの大学がスポーツ推薦やOA入試などの入学形態も採っている以上、それを狙う事も、恥ずべき事でない。国内外のプロ野球、社会人野球など、野球で生計を立てる手段が存在する以上、それを目指す事は、批判の対象に為り得ない。学力優秀な生徒が、一流大学進学のために兵庫の灘高や鹿児島のラサール高に進むのと、野球の才能豊かな生徒が、甲子園やその上の世界を目指すために他府県の強豪校に行くのと、一体何が違うというのであろうか!?
取り締まるべき事は、学生野球憲章に抵触する『特待生制度』と、過度の勧誘、斡旋、介入行為であり、つまりは、すべて大人のやっている事が問題なのである。野球留学生には、何の罪もなく、野球留学そのものを取り締まる権利は、何人なりとも、ない。
 

ここまでは、多くのメディアが取り上げ、『野球留学』に対しての様々な論評がなされてきているので、触れる機会もあったかと思う。しかしながら、『野球留学』のみならず、『高校野球』、『学生野球』の抱えている問題の本質に迫る上で、見落とされているものがある。高校野球連盟が、取り急ぎ議論し、実現に向かわなければならない懸案は『野球留学』ではなく、他にある、と筆者は考える。それは『中学、高校の指導者の育成』、『学生野球憲章の見直しによるプロ野球経験者の指導の緩和』、『女子選手の出場許可』である。特に前者の二項目は、現状の野球留学を問題視するのであれば、リンクして考えなければならない懸案である。 

全国大会レベルの問題を議論する事は、勿論大切ではあるが、それに至るまでの底辺の拡大についての議論を蔑ろにしていれば、これから先も、不完全燃焼のまま競技者生命を終える少年少女が後を絶たなくなる。そして、いずれは競技者の人口が減り、野球そのものが廃れていく危険性が高まっていく…。野球留学の是非を問う暇があるならば、まずこのような現状に危機感を持ってもらいたい。  

筆者は、『野球留学』を肯定も否定もしない。
ただ、野球少年達の青雲の志に唾を吐いて欲しくない…。それだけである。

  ■参考文献

    日本スポーツ社 《ホームラン12+1月号》

     【野球留学を考える】    『野球留学の歴史と行き着く先とは』 谷上史朗氏
                    『野球留学を本当の「留学」に』 武田薫氏
                    『規制されるべきは勧誘行為にある』 田尻賢誉氏

    財団法人 日本高等学校野球連盟 公式ホームページ
     http://www.jhbf.or.jp/

    財団法人 日本学生野球協会 公式ホームページ
     http://www.student-baseball.or.jp/